タル日記その１0 ゴキゲンナナメな二人（全１０回）
翌朝。二日酔いで目が覚めた。
あれからナイマのジュノ上京をみんなで祝って、マーブルブリッジで盛大に飲んだ。
主役のナイマは疲れている様子だったので、すぐにレンタルハウスの手続きをして休んでもらったんだけど皆飲む口実が欲しいだけなので主役不在で明け方まで飲みまくった。
今朝は姫が朝食当番なので早起きしないですむのがありがたい。
二日酔いですこし頭が痛むので朝食まで寝ておこう。
昨日はいろいろあったけど皆無事でよかった。今日は平穏な日でありますように…。
気持ちよく二度寝していると、しばらくして猫モが起こしにやって来た。
…と思ったら、いきなり双竜脚をブチ込んできやがった！
いてぇ！猫モの起こし方はいつも手荒いけど、限度ってモノがあるだろ！殺す気か！
てっきり猫モのヤツ寝ぼけているのかと思ったら、ちゃんと目が覚めているようだった。
猫モ
「…とっととおきろにゃ」
と言って猫モはプイとリビングへ行ってしまった。
なんだろ。機嫌が悪いなぁ。
顔を洗って朝食のテーブルについて姫に「おはよう」と挨拶をしても返事が無い。
なにやら姫も不機嫌そうだなぁ…。
さて、今朝のメニューは…出された食事を見てオイラは言葉を失った。
エビダンゴと蒸留水！？なんだこりゃ。
びっくりして猫モと白姫を見ると、２人のメニューはクァールサンドにウィンダス風サラダ、オレンジジュースといたって普通だ。
「あ、あの…これ釣り餌なんだけど…」
とオイラが言うと姫は
「そう」
とだけ言って知らん顔だ。
オ、オイラなにか２人を怒らせるような事したっけ…？
えーと、昨夜は…そうか、姫に胸を押し付けられてオイラそれを拒絶しちゃったんだよな。傷つけちゃったかな。
猫モも大事な姫の胸をオイラが触った事を怒っているに違いない。きっとそうだ。
オイラがその事について謝ると、激昂した２人にレンタルハウスから叩き出されてしまった。
いたた…違ったのかな。なんで怒ってるんだろ。
オイラは２人と話をしようとドアを叩いたんだけど、全然とりあってくれない。相当怒ってるなぁ。
ともかく、肌着で放り出されて何も持っていないし腹は減ったし、困ったなぁ。
仕方なくオイラは黒っちのレンタルハウスに転がり込んで助けを求める事にした。
黒樽
「わかってないなぁ～。タルっちは～」
黒っちの部屋を訪ねると、普段食事を作らない黒っちが珍しく朝食をつくってもてなしてくれた。
それを一緒にとりながら事情を話すと、黒っちはしたり顔で首を振った。
黒樽
「昨夜タルっちはナイマちゃんとキスしてたでしょ～？猫っちと姫はやきもちを妬いてるんだよ～」
やきもち？なんでだ？
黒っちの言っている事がわからずオイラは首をかしげた。…ん？なんだか部屋が急に狭くなっていくような…。
…いや、オイラが大きくなったんだ！
オイラの体はヒュームやエルヴァーンみたいになっていた。
黒っちがオイラの食事に柏餅を入れたらしい。
また変なもの食わせやがって！と怒るオイラを黒っちがたしなめた。
黒樽
「大きいタルっちならわかるはずだよ～。猫っちと姫が他の男の人といちゃついてたら、どう思う～？」
…う。そう言われると…。
オイラは普段はタルタルの女の子にしか興味は無いんだけど、この姿になると嗜好が変わってヒュームやミスラ、エルヴァーンの女の子が気になってしょうがないんだ。
この姿の時に猫モと姫を見るとすごくドキドキしちゃうんだ。そのせいでこの間は色々と騒動を起こしちゃったんだけど。
たしかに、猫モと姫が他の男といちゃついてキスとかしてたらって思うと、オイラなんだか切ない気持ちになるなぁ…。
そうか、２人にこんなつらい思いをさせてたのか…。
黒樽
「それじゃあさっそく２人を慰めておいでよ～」
そう言って黒っちはデジョンⅡを唱え始めた。オイラをレンタルハウスへ飛ばすつもりらしい。
い、いや…ちょっと待ってくれ！２人に何て声をかけていいのか…。
黒樽
「ミラテテ様言行録にも載ってたよ～。“危ぶむなかれ、迷わず行けよ、行けばわかるさ～”って」
いや、それミラテテ様の言葉じゃないと思うぞ！
ツッコミを入れる前に、オイラはデジョンで飛ばされた。
魔法で飛ばされる数秒の間に、オイラは腹をくくった。
猫モと姫にナイマを保護している事情を説明して、きちんと謝ろう。
それにしても黒っちは普段何も考えてないように見えて、ちゃんと色々見てるんだな。少し見直したぜ。
転送先に到着し、オイラは目を開けた。
…ん？なんだか家具の配置が全然違うような…？
室内を見回すと、驚いた表情でこちらを見るナイマと目が合った。
黒っち！ここオイラの部屋じゃないし！ナイマの部屋だし！見直すの取り消し！
下着姿でベッドに寝転んでいたナイマはオイラを見て悲鳴をあげた。
ナイマは大きくなったオイラの姿を知らないので侵入者だと勘違いするのも無理はない。
悲鳴を上げながら物を投げつけてくるナイマを、オイラは懸命になだめた。
隣の住人に悲鳴を聞かれでもしたら騒ぎになりかねない。レンタルハウスの壁はわりと薄いしな。
ナイマ
「へ？モコモコ？ホントにモコモコ？」
オイラが事情を説明すると、ナイマは悲鳴を上げるのをやめてくれた。
でもまだ半信半疑の様子でこちらを窺っていた。
ナイマ
「…じゃあ質問。ナイマの好きな下着の色は？」
タル
「…ピンクだよな。お前新しい下着買うたびに見せるもんな…」
ナイマ
「じゃあナイマの乳首の色は？」
タル
「ふざけんな！本人確認の質問なら他に色々あるだろ！」
ナイマ
「わわっ。その怒りかた、本物のモコモコだよー★部屋に忍び込んでくるなんてモコモコ積極的すぎ★」
そう言ってナイマはオイラに飛びついてきた。
いつもとは違って、ナイマの体をオイラが抱きとめる格好になった。
ナイマに抱きつかれるのは慣れっこのはずなのに、いつもはあまり気にならないナイマの髪の香りとか体の柔らかさにオイラはすごくドキドキしていた。
や、やっぱりこの大きくなった体だといつもと全然ちがう。ちょっとやばいな。
ナイマ
「…」
普段はひっきりなしにしゃべるナイマが、押し黙ったまま熱に浮かされたような表情を浮かべて体をより密着させてきた。
心臓の音が聞こえるんじゃないかってくらい、お互い興奮してるのが伝わってきた。
こ、この雰囲気はやばい。
すると、ナイマがオイラの手を引いてベッドへ向かおうとした。
ナイマ
「モコモコ…ナイマの一番大切なものあげる…」
タル
「い、いえ！遠慮しておきます！」
ナイマはＨする気満々だった。
オイラは部屋から逃げ出そうとしたんだけど、Ｈなしぐさでブラを脱ぐナイマの裸に目が釘付けになってしまった。
ナイマの裸はすごく綺麗だった。
これまでナイマの裸は何度も見たことはあるんだけど、こんなに綺麗だなんて知らなかった。
ナイマ
「モ、モコモコ…ナイマを女にして…」
そう言ってショーツに手をかけるナイマは、声も体も震えていた。
ナイマが無理をしている様子なのを見て、いたたまれなくなったオイラはナイマが下着を脱ぐのをやめさせた。
ナイマはすごく魅力的だけど、オイラは今ナイマを抱く気にはなれなかった。
ナイマ
「モコモコ…？モコモコがナイマのこと好きじゃなくてもいいんだよ。ナイマはモコモコの２番目でも３番目でもいいの」
拒絶されたと思ったのか、ナイマは泣きそうな顔になった。
ナイマが真剣に言っているのはよくわかったので、オイラも率直に自分の気持ちを伝える事にした。
オイラが今ナイマに抱いている感情──まだ子どもとして見ている事、保護者として大切に思っている事をナイマに伝えた。
ナイマ
「うん…わかった」
ナイマを傷つけたかと思ったけど、ナイマは少しほっとしたような顔をしてオイラの首に腕を回してきた。
ナイマ
「モコモコは体が目当てのロリコン共とはやっぱり違うね…！
なんとも思われてないかもって心配してたから、ナイマを大切だって言ってくれて嬉しいよぉ。いつか絶対に振り向かせてみせるからね…！」
ナイマが嬉しそうに笑った。
それはいいんだけど、あの…胸がすごい当たっててやばいんですけど…。とりあえず服を着てくれないかなぁ。
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
猫モ
「ひめいがきこえたのはこのへやだにゃ！」
白姫
「だ、だいじょうぶですかお隣さん！？何かトラブルでも…！？」
さっきのナイマの悲鳴を聞きつけたらしい猫モと姫が部屋に飛び込んできた。
ナイマの部屋、ウチの隣だったのかよ！
半裸で抱き合うオイラとナイマを見て、猫モと姫が凍りついた。オイラもフリーズしていた。
部屋の気温がボスディン氷河ぐらいに下がった気がした。
ナイマ
「しっぽのお姉さん！これはちがうのー！」
固まるオイラと猫モ、姫を見てナイマがフォローに入ってくれた。
そ、それは助かるぞナイマ…！
ナイマ
「ええと、なんて言っていいのかな…モコモコはナイマを女にしようとしたけど大切に思ってくれてるって言ってくれたのー！」
しどろもどろのナイマが火に油をそそいだ…いや、この場合は氷河に吹雪をもたらしたと言うべきか。なんにせよ状況はより悪化した。
…どうやら、今日も平穏に過ごせそうに無いなぁ。
このピンチをどう切り抜けたものかと途方に暮れながら、オイラは深い溜め息をつくしかなかった…。
（タルのある生活 おしまい）
