その4:「おっぱい師範敗れる」(全10回)
さて、オイラと猫モはノーグへ奇妙な珊瑚を届ける事になったんだけど、その前にやらなきゃいけない事がある。エル先生の事だ。
カエデに近づけさせないのはもちろん、バストゥークの他の女の子にも手出しできないように手を打っておかなくちゃ。
カエデの姉のアヤメならバストゥークのガードにも顔が利くだろうから、色々と手配してくれるはずだ。
オイラと猫モはアヤメにエル先生の事を知らせるために、彼女の勤め先である大工房・北砲台へと向かった。
「妹を助けてくれてありがとう。感謝の言葉もないわ」
アヤメを訪ねて事情を話すと、彼女はオイラ達に礼を述べて深々と頭を下げた。
アヤメはミスリル銃士隊最年少だけあってまだ若いのに(後で知ったんだけどオイラと同い年だった!)物腰が落ち着いていて、オイラ達冒険者への態度も丁重だ。
さっき会ったぞんざいな態度の門番とはえらい違いだなぁ。
オイラと猫モがアヤメと会うのはこれが2度目だ。
初めて会ったのはミッションで訪れたパルブロ鉱山奥のワールンの祠で、彼女はその時ダークドラゴンの不意の一撃で気を失って危うく命を落としそうになっていたっけ。
その事を思い出したのか、オイラ達が訪ねて来たのを見たアヤメは少しバツが悪そうだった。
「少女に不埒な真似をするエルヴァーンの修道士の噂は耳にしていたわ。でもそれが我が家に潜り込んでいたなんて…銃士として不覚…」
エル先生、やっぱりあちこちで悪さをしているみたいだ。どうしようもないなあの人は。
アヤメはエル先生を今後カエデに近づけさせない事はもちろん、バストゥーク国内の変質者の取り締まり強化を約束してくれた。
用事が済んだのでノーグへ向かおうと思ったら、ここで問題が起こった。
猫モが突然、アヤメに襲いかかったんだ。
「おっぱいもませろにゃ〜!」
まずい。完全に発情期モードだ。制止しようとしたけど、まるで聞いちゃいない。
アヤメは少し驚いた様子だったけど、よだれを垂らして飛びかかる猫モを涼しい顔でヒラリとかわした。
「ギニャー!よけるにゃにゃー!」
次々とタックルを仕掛ける猫モ。
猫モのタックルは速くて鋭いものだったけど、アヤメは難なくそれをかわし続けた。
や、やばい…! こんな大工房みたいな国の中枢で騒動を起こすのはマズイ。
しかも相手はミスリル銃士だしシャレになってない!
オイラはアヤメに猫モが発情期で悪意がないことを必死に説明した。
「仕方がない…騒ぎを大きくなる前に、さっさと大人しくなってもらうわよ」
アヤメは猫モを大人しくさせるには実力行使しかないと判断したらしく、刀に手をかけた。
いや、アヤメが胸を触らせてあげれば大人しくなるんだけど、そんな事させてくれるわけないよな。
「刀は抜かぬためにある…。その意味を、教えてあげるわ」
これまで涼しい顔をしていたアヤメから、殺気が立ち昇った。
う…迫力あるなぁ。
猫モもそれを感じ取って、むやみにタックルを仕掛けるのをやめて、間合いを取り始めた。
「うにうに…」
狩猟民族である血が騒ぐのか、強敵を前にした猫モの眼は爛々と輝いていた。
「そのチョウセン、うけてたつにゃー!」
いや、先に喧嘩をふっかけたのはお前なんだけど。
集中・回避を発動させて戦闘態勢を整えた猫モは一気に間合いを詰めて、百烈拳を発動させた。
うわ、殺る気まんまんだ…!
猫モの百烈拳は見ていて背筋が寒くなるほどの速度と威力だった。
オイラだったら、もう倒されてる。
だけどアヤメは猫モの拳のほとんどを刀で受け流していた。
さすがに全ての攻撃は防ぎきれずに何発か被弾していたけど、アヤメのHPゲージはさほど減ったようには見えない。
「そ、そんにゃ…!?」
ついに百烈拳の効果時間が切れ、猫モの攻撃が止んだ。
必殺技を放ったにも関わらずアヤメがほとんど無傷なのを見て、猫モはショックを隠せない様子だった。
「つ、壷ちゃん、ギュンギュンギューンにゃ!」
猫モは最後の切り札であるマジックポットをかぶろうと背中に手を回したが、あいにく壷はジュノで留守番中だ。
よかったなぁ壷置いてきて。連れてきてたら割られてたぞ、きっと。
「…ちょっと壷ちゃんとってくるにゃ。おまえまっとけにゃ」
そう言って猫モは小脇に爆薬を抱え、大砲の中にゴソゴソと入り込もうとした。
ジュノまで飛んで行こうとでも言うのかこいつは。
「今度はこちからからいくわよ…! 流水に鑑みるなくして止水に鑑みる…!」
アヤメは明鏡止水を発動させ、猫モに斬りかかった…!
「ギ、ギニャ〜っ」
アヤメの放った太刀筋はオイラにはほとんど見えなかった。
どのWSを放ったのかもよくわからないうちに、猫モは戦闘不能になって床に倒れていた。
猫モがここまで一方的にやられるのを見るのは初めてだ。
ミスリル銃士は凄腕だと聞いてはいたけど、ほんとにすごいな!
「カエデを助けてもらった恩もあるし、この騒ぎはなかった事にしておくわ」
大工房で銃士相手に乱闘騒ぎだなんてしょっぴかれても文句は言えないんだけど、アヤメはそう言って助け舟を出してくれた。
はぁ〜。助かるよ〜。
「そうだ、これを飲みなよ」
オイラはアヤメのHPが少し減っているのを見て、せめてもの礼のつもりでアヤメにハイポを投げて渡した。
だけど、それが思わぬ事態を引き起こした。
「あ…っ!?」
アヤメは瓶を取りそこねて落とした。
そして、踏み出していた足を瓶で滑らせて盛大に転んでしまった。
「じゅ、銃士として不覚…」
頭を打ったアヤメはそう呻いて戦闘不能になった。
うそーっ!?
ワールンの祠でもアヤメは不覚をとっていたけど、どうも彼女は腕は立つけど妙にうっかりさんだなぁ…。
気を失ったアヤメの手当てをしていると、こちらも戦闘不能状態のはずの猫モが這ってきた。
「…お、おっぱいにゃ…」
ぷるぷると震える手を、アヤメの胸に伸ばす猫モ。
戦闘不能でも胸への執念で動けるんだなこいつ。呆れるを通り越して感心しちゃうな。
「せいやっ!」
「ギニャ!」
オイラの手刀を食らい、猫モはきちんと戦闘不能になった。
最後の気力でアヤメの胸元に倒れこんだ猫モの顔は心なしか安らかだった。
さて、これからどうしたもんか。
バストゥークの中枢である大工房で乱闘まがいの騒ぎを起こしたはやっぱりまずい。
誰かが騒ぎを聞きつけてやって来て、アヤメが倒れているのを見つかったりしたら弁明のしようがない。
アヤメを蘇生させるまで、誰もこの北砲台に来ませんように…。
つづく (NEXT:おっぱいと少女)